2012.01引き算

不思議なもので、自分はまがりなりにも版画家を自称しており、時折ちいさな場所を借りて愚にもつかないことを細々と表現している。しかしいずれは、もっと広く長いスパンで、愚にもつかないひそやかなることをたくさん語りたい。もちろん版画や文字というかたちで。本当に大切なものや美しいものは、一見価値のないようなもののなかに紛れ込んでいることが多いから、たまに誰かが遠回りしてとりに行った方がいい。
学生の頃からアートに携わる時間は長かったが、こんな風にすっきりと自分の頭の中が整理されるまでには随分と時間がかかったなと思う。時間はかかったものの、これはいくつもの引き算をしたおかげで、しっかり精査しながら引き算をすれば、痛みは伴うが大事なものはちゃんと残るのだと思う。足し算ばかりで増えたものに囲まれていると、時折なにか大事なものを見失うことになる。
そういう意味では次元は少し違うが、原発は迷わず真っ先に引き算の対象である。

2012.01整える

色とりどりのブロックがザーッと撒かれたのが去年だとすると、今年はそれをなんとか組み立ててゆきたいなと思う。まずは色ごとに分けたり、形をそろえたり。もっと欲しい色、使わない色、足りないパーツ、目新しいパーツ。もしかしたら今は触らない方がいいものもあるかもしれない。

そして何よりも、スケジュール管理と制作に向う集中力を…。
ギリギリになればなんとか間に合う、という自分のなかの迷信に頼らないように。
自分でわかっているが、なかなか出来ないことがいくつも。
しかし年の初めの今だからこそ、今年こそはと思う。

2011.11解ける

良いことも、悪いことも、今年起こったあらゆることが夢の中の出来事のようで、歩きながら小説でも書いているようだと何度も思った。今書いているのは誰の人生?
ある朝突然に、まったく別のストーリーの中で目覚めてもおかしくないような気がした。

自分にとってはこの12ヶ月をかけてようやく「ほどけた」という感じがする。
誰も悪くはなかったが、きっと正しくもなく、沢山の間違いを否定する気もなく、失敗を含めてすべてが大切な経験だったのだと思う。硬い玉のように結ばれていたロープも、今となってみれば風変わりなレースの一端でしかなく、アンティークのレースのように次々と巻きとられてゆく。それらが更に美しいマチエールに成長するまで、小さな箱に詰めて机の引き出しの奥に仕舞っておくことにする。

今年出合ったすべての方に、いつも遠くから見守ってくださる方に、心より感謝いたします。

2011.11見えるもの、見えないもの

今回の個展を終えて、衝撃を受けたことがある。
今まで自分でよ~く理解していたと思っていたことが、実感としてまったく足りなかったことに気づかされた。正確には個展が終わってからの出来事なのだが…。
その衝撃とは、作品を購入するということについて。
実は今月、自分で初めて他人の版画作品を手に入れた。これまでもすごく良いなと思う作品には何度も出会っていたが、購入したのは初めてだった。小作品で値段も自分には無理のない手ごろなものだっだのだが、どこに飾ろうかと考えながら歩いているうちに、不意に今まで見えなかったものが見えたような気がして立ちすくんでしまった。ビル風に吹かれて頭の中が一瞬で真っ白になったような気がした。

夏の個展が終わったときには、ひとつの円が閉じたような感覚があったが、今回の個展が終わった後の余韻は全体的に今までとはまったく違うように感じている。何かが終わった気がしない。
自分で作品を作り、わざわざ人目に触れるようなところに展示しておいて矛盾しているのだが、自分にはいつも自信がない。そして心のどこかでスミマセンと思っていた。何よりも、なぜ作品を購入してくださるのか、本当のところはわかっていなかった。もちろん購入の理由は様々にあるのだろうけれど、自分が思っていたよりもずっと大きなことだということを、恥ずかしながら今回ようやく気がついた。
今はこの先やらなければならないことへの覚悟と、物凄く幸せなことをさせてもらっているのだなということを噛み締めている。

2011.10

10月になると秋を封切るように始まる、金木犀のリレー。
その姿が見えないのに、どこからともなく匂ってくるのが良い。

早朝、長い坂の上から自転車で一気に駆け降りてくるのが心地良い。
シャツ一枚で、胸に陶器を押し付けたような冷たさが。
首の後ろを撫でる香ばしい風が。

道すがらイチョウの雄雌を探しながら、葉を拾い歩くのが良い。
ギンナンはもう少し先。

オーブンのなかで、何かが焼けるのを待つ時間が良い。
待つといえばあの人を待つのも、
まだ会ったことのない誰かを待つのも良い。

2011.09夜が長くなってきた

秋なのか?秋が近いからなのか?
日が落ちると少し肌寒くなってきた。
家に帰るとひとまず腰を下ろし、熱いコーヒーが飲みたいなと思う日が増える。
台所で湯を沸かしながら、ぼんやりと物思いにふける時間が好きだ。

美しいもの、醜いもの、正しいこと、間違いだと思うこと。
もっともらしい基準はいくらでもあるけれど。
人を、その人らしくかたち作るのは、シンプルに、ただの「気持ち」ひとつではないかと思う。良いも悪いもない。人との関わり合いでは難しいことの方が多いけれど、素材の手触りでなしでは作れないものがあるように、ざらざらとした言葉をいくつも手探りして、ようやく認め合うことも出来るのでは。
他者と対話したいと思うのは、きっと相手を理解したいと思うがため。理解して欲しいと願うため。
だから早々に諦めて、そのドアから出て行かないで、もうしばらくここに座っていて欲しいと思う。
そして自分には忍耐力を、時が来るまで焦らず待つことを。

まずは温かい飲み物を用意して。

2011.08軽やかさ

夏の終わりが近づいて、ようやく自分の体温が戻ってきたように思える。何かが起きて世界が変ったのではなく、タイマーがチンといって目盛りが「0」になったみたいに。ふわっとしているような、点のようにじっとしているような、真っ白のような透明のような。

相変わらず隣の芝生はどこも真っ青に輝いて見えるけれど、焦ったところで仕方がない。
しばらくはこのままふわっと、水槽の外のことは気にせずに、好きなように漂っていたい。

2010.03

環境が変わっても迷子にならないようにと、去年のうちから今年のカレンダーに印を付けておいたのがよかった。このところ、どうも暦のめくれるスピードについてゆけない。もし日付に印がなかったなら、きっと自分は何処へも行けないように思う。ただ立ちすくんでいるだけだったかもしれない。
今月はまるでご褒美のような手紙や葉書、メール。心ある言葉を頂きました。優しい灯りに照らされて、思いがけず、持ち物を見つけてもらったような有難さ。あたたかいエールに、微妙なラバンスを保つ何かが救われる。いつもながら、何が最善なのかはわからない。だけれど、とにかくやってみないとわからない。後悔もできない。

ひとつの扉にたどり着いても、またその先にも扉が並んでいて、一体いくつの扉を叩けばよいのか?開かない扉はどうしたらよいのか?夏への扉はどこに?それでもやはり、探さずにはいられない。

2010.03視線の先

今年の夏の訪れは例年より早いように感じる。個展期間中はまだ6月だったというのに、連日30℃超えの猛暑だった。そんな中、ギャラリーまで足を運んでくださった皆様に、心より感謝いたします。

個展期間中、丸一週間自分の作品に囲まれて過ごして感じたことは、自分はまだ大丈夫かもしれないということ。このまま続けても良さそうかなということ。
今回は制作期間が普段より短かったこともあり、かなり焦りながら、バタバタしながらの作業だった。もしかしたらそんな混沌とした様子も作品に出てしまっているのかなと、不安もあった。しかし完成して壁に並べられた作品たちは穏やかで、柔らかい表情をしていたようだ。愚図愚図思い悩んでばかりいる作者から離れて、作品たちもホッとしたのかもしれない。(笑)そんな風に平らな目で自分の作品を眺められたのは初めてだったので、自分では少し嬉しかった。もちろん、たくさんの方々の目にさらされて、ご意見やご感想を直接いただけたから、そんな風に見れたのだと思う。
また自分も含めて、人は見たいものしか見ないものなので、同じ作品を見ても人によって違う印象を受けることもあると思う。作品の解釈に、正解も不正解もない。制作した作家のイメージだけを作品から受けているようでいて、実は鑑賞している人自身から引き出されたもの見ているのだと思う。箱の外側を見ているようで、内をみている。それがアートの面白いところだと思う。

2010.03Butterfly effect

6月の個展のサブタイトルに「Butterfly effect」とつけてみた。自分のここ数年から数ヶ月を思うと、自然とそんなフレーズが浮かんできてしまった。日本風にいえば「風が吹けば桶屋が儲かる」に近いだろうか。つまり、その時(過去)には気にもかけないような小さな事象が積み重なり、やがて思いもかけないかたちで現在(もしくは未来)に大きな影響を与えてしまうことの比喩である。普段なにげなく生活する自分の選択や行動のなかに、将来どんな影響を及ぼすことがあるのか?

自分の中では今でも様々な「なぜ」と「どうして」で溢れかえっている。これは理性で物事の原因を理解しようというのとは違い、感情的に心が理解を拒絶している反応のようである。だから繰り返し同じところを行ったり来たりしている。残念ながらこれらの問いには答えがなく、そもそも意味がない。蝶の羽ばたきは小さすぎるし、しかもずっと昔に羽ばたいてしまっているのだから…。それはまるで消印不明のメッセージが、それぞれ別の場所からまとめて届けられたようなものだ。
たとえ、受け取ったメッセージが破滅的なものだったとしても、自分は過去をいっさい否定したくない。そして低気圧が運んでくる「どうせ」などというつまらない言葉に囚われて、自分の可能性を潰したくない。そして何か(誰か)を「信じる」という気持ちも失いたくないと思う。

2010.03黒鍵

ショパンのエチュード(練習曲)のなかに、「黒鍵」という曲目がある。
タイトルどおり、右手が黒鍵の上ばかりを走り回る軽快な曲。かつて自宅で兄がよくそれを練習していた。冒頭からかなりのハイテンションで走り出すので、一度指がもつれると階段がボロボロと崩れてゆくような、軽やかな崩壊の音になる。聴いている側としては、煉瓦が一つ二つ崩れようとも、そのままの勢いで爽快に走り抜けて欲しいものだが、奏者としては煉瓦一つとて納得しない。まるで落し物でも拾うかのように指先にブレーキをかけ、何度も同じフレーズに立ち戻る。
今月ついにそのピアノが我が家から去ることになり、ふとそんな情景を思い出した。

このところ、指先が鍵盤の上をもつれながら疾走ような、慌しい日々を送っている。
あえて忙しい状況に自分を追い込んで、余計なことを考える暇を与えまいという魂胆である。直近の目標に向って走りこんでいれば、すぐ後ろにお化けがいたとしても逃げ切れるかもしれないと。先に次の扉のドアノブに手が届けば、後ろ手にパタンと閉めてしまえばいいと思っている。ところが可笑しなことに、ある程度その慌しさに慣れてくると、そのスピード故に何か大事なものを取りこぼしているのではないかという、また別の不安を抱えてしまう。もしかして、どこかで重大なミスタッチをしたのではないか?とつい後ろを振り返る。一度振り返ると不安が増し、更に何度も何度も振り返りたくなる。しかしあまり執拗に振り返ると、当然ながら動きが止まる。

ピアノの演奏と違い、過去の気になるフレーズをもう一度弾き直すというのは簡単ではない。
弾き直すのが良いのか、悪いのかもわからない。そう、考えれば考えるほどわけがわからなくなる。
なので、とりあえず今は多少指がもつれても、夏までは崩壊せずに一曲完奏しなければと思う。

2010.03現実ということ

今月起きた出来事はあまりにも大きすぎて、そして継続中のことであり、何をどう記せばよいのかわからない。なのでいつもと同じように、自分に起きたことについての個人的な記録を書くことにする。

震災が起きる以前、今年に入りしばらくしてからというもの、自分はずっと無重力の世界にいた。
意思とは別のところへ体は飛び、宙を舞い、天井と壁と床に頭と尻をぶつけた。意思を通そうとすればするほどうまくいかず、結果はいつも裏目に出た。やがて面前には自分への嫌悪と後悔と逡巡とがぶら下がり、吐き気をもよおした。そして電車に乗ると何故か泣きたくなった。
そこへ今回の東北地方の大地震と津波の大災害。きっと自分は壊れると思った。
被災された方々に、今自分はいったい何をしてあげられるのか?ただ祈る以外に現実的なことを。そして自分がやってきたような制作活動は、誰かの助けに、自分以外の人のためになるのだろうか?
無機質なテレビ画面から伝わる悲しみはあまりにも強すぎて、ほとんど毎日否定的な考えばかりが頭に浮かんだ。そして酷い偏頭痛とともに、果てのない自己否定が底をついてきた頃、どこかに隠れていたタフな自分の一部が現れた。そしてまず、自分を「許す」ことに決めた。
自分の欠点や短所、俗物的などうしようもない部分を、ひとまず諦めることにした。開き直ったのではなく、現実に前に進むために今は諦める。にわかに修正の仕様のない自己の欠点だけを凝視し続けられるほど、自分は強くない。自分のなかの暗闇に怯えることをやめた。まずは自分の出来ること、いくぶん得意と思われることを、たとえ無神経な俗物でも俗物なりにやるしかない。たぶんそう思うしかなかった。
すると重力が戻り、四月の扉が音もなく開いた。


2010.03春一番吹く

来月の展示に使うフォトフレームと、汚れたCONVERSEのスニーカーと、無くて意外と困ったベルトと数冊の本を、以前住んでいたところへ取りに行った。
思いがけないことに、家の前の梅が今まさに満開。しかも「おかえりなさい」と言っているようで、手ぶらの自分に「カメラはどうしたんだ?」と花で重くなった枝をさらに伸ばして詰め寄ってくる。そう言われて見れば、この梅はずっと昔から自分のもののような気がしてくる。梅林への愛着と郷愁。
しかし、記憶は偽造と隠蔽の常習犯であることを忘れてはいけない。しっかりしなければ。

最近読んだ小説の一節に「人生って、誰かひとりを愛するよりもずっと大きいのだと思う」という台詞があった。自分もその意見に共感せずにいられない。愛を軽視しているわけではない。ただ人生において、愛という幻想に縛られて苦しみ続けるよりも、世の中には賭けてみる価値のあるものがたくさんあるのだと思う。自分はこちら側に出てきたのだから、それはもうやってみるしかない。自分に賭けてみるということ。とはいえ、心のスイッチをOFFにして、もっと楽に生きようと思えば出来なくもない。しかし、それではまた自分が空っぽになってしまう気がする。
自分の考えるアートともリンクしてしまうのだが、勝算があるからやる、確信があるからやる、というのとは少し違う。勝ち負けは意味を成さない。誤解を恐れず言ってしまえば、わけはわからないが、そんな気がするからそうしてみる。そうやって、何度か想像もつかない程のどつぼにはまることもあるかもしれない。でもいつか、自分でも想像できなかった場所や表現にたどり着きたい。
今は何をしようとしても、足がすくむばかりだが…。

2010.03想定外の半歩先へ

周囲の心配をよそに、うさぎを抱えて飛行機から飛び降りて、早一ヵ月。
しばらくはぼんやりと空ばかり眺めていたけれど、気がつけばまた新しいルールでのゲームが始まっていたらしく、まるで日付に追われるように慣れない日々が過ぎてゆく。人生は自分から投げ出さない限りは飽きるということがないらしく、ご親切にも常に新しい課題を用意してくれる。

自分は純粋にアート作品を作るときに、先に明確なコンセプトを置かない。思った通りのものを、その通りに作るのは確かに気持ちが良いことだけれど、それは何か「確認作業」に近い。自分にとっての未知の領域に行きたければ、先に描きたいという欲求が、少なくとも理屈の半歩先になければいけないと思う。理由をつけたり、説明するのは時間をかければどうにでもなるもので、むしろ出てきたものの謎を自己分析するのは、一番面白い作業だ。逆に怖いのは制作に関して情熱がなくなること。作業に慣れてしまうこと。勿論、あまりに気持ちが先行しすぎて、迷子になることもある。(笑)
また、人を傷つけない限りは、既存のルールを無視してもよいと思っているけれど、自分でも制御できないところで空回りを続ける事柄には、いくら磁石がむこうを指していても、再考の余地ありなのかもしれない。


2010.03Whatever Works

巨大なキッチンスタジオのような手術室から出てからというもの、まるで十二月という湖に浮かんでいる気分。
時折風が吹き、水面に波紋が広がるのだが、またすぐに鏡のような完璧な静寂のなかへ。
寒さに痺れて動けないのか、それとも、ただ空を眺めて動かないだけなのか。
戻れるものなら戻りたい自分がいないわけではないが、どうやら彼女、夏の酷暑で痩せ細り、もうとっくに亡くなってしまったらしい。

「純粋さを持ち続けられるならば、人生はひどく悲劇的なものではあるが、ずっと良いものになるだろう。」ウディ・アレン。(映画監督)

2010.03祈りの作用

特定の宗教を持たない自分にとって「祈り」とは、何かとても宗教的な、妄信的なことのように思っていた。それは一種の気休めで、まじないのようなものだと。ただ歴史的にみても宗教が偉大な芸術を育んで来たことは事実であり、スゴイことだとは思うが、それはただ美術史の話というだけ。
神だとか仏の話は置いておいて、今考えているのは宗教のことではなく、ただの「祈り」について。

悲劇と喜劇とが表裏を成していることを頭では理解できていても、実際に自分がその舞台に立たされてしまうと、とても冷静ではいられない。
物事には限度があり、それ以上先へは進めないと気づいても、その頃にはもう戻り方がわからなくなっている。目蓋を閉じても開いても、常に同じ暗闇がそこに居座り、呼吸する度に孤独で胸が詰まる。かつて味わったことのない喪失感と失望と無気力。
やがて気がつくと、心のなかで、何かに向って祈っていたように思う。

たぶん「祈る」ということは、自分の置かれた状況を把握し、限界を前向きに認め、わずかな救いでも受け入れられる態勢をつくること。

祈ったあとは、しっかりと覚悟を決めて、飛ぶだけ。

2010.03言葉とイメージ

ホメロスの有名な叙事詩『オデュッセイア』の文中に度々出てくる独特の枕言葉で「翼ある言葉をかけて言うには…」という決まり文句のような言葉がある。鳥や矢のスピードを比喩にした「速い」ということを意味する言葉らしい。しかし昔これを読んでいたころ、いつからか自分の頭のなかでは勝手に「翼」→「鳥」→「優しい」とか「親切」のイメージに連想で意味を変えてしまった。さらに飛躍して木に止まって美しい声で鳴いている小鳥のイメージまで見えてしまう始末。なのでオデュッセウスやその息子テレマコスに頻繁にこの言葉をかける女神アテネの優しいこと優しいこと。(笑)

そのような自分で作り上げたイメージのせいで、今でも親身になった優しい言葉や親切な言葉を耳にすると「翼ある言葉だなぁ」と勝手にしみじみ思ってしまう。
言葉に翼があったなら、元気が出て空を飛べそうではありませんか?今月はそんな「翼ある言葉」をいただいたような気分です。

2010.03Swimming Pool

自分の居場所を見つけるということはいくつになっても難しい。
正しい道を選び続けていたつもりでも、気がつくと目の前で正しく道が切れてしまったりする。
さて、どうしたことか。どうしたことか。

学生の頃、水泳部であったことを思い出した。四角く透き通った水面は太陽を反射して眩しく輝き、練習が終わる頃にはうっかり飲み込んだ塩素のせいで胸が焼けた。そして今年の夏はあまりの酷暑にハートが焼け落ちた。
今ではすっかり忘れていたが、まず身体を水に浮かせるためには全身の力を抜いて余計なものから手を離さなければならない。心配しなくても人間の身体はちゃんと水に浮くように出来ている。
だから自分も今まで手にしたものからいっさい手を放してみることにする。健康をのぞいて。
執着から離れるということは頭で考えるほど簡単なことではなく、凡人の自分には並大抵の辛さではない。記憶も含めて、身体を沈める重石になる感情から手を離す努力をしてみる。
どうかまた我が身が再びふわりと浮きますようにと。

2010.03夕立

学生の頃、南の島で初めて飲んだマイタイや、スニーカーからこぼれ落ちる砂の記憶への執着から、クロッキー帳にメモをつけはじめた。今年でちょうど10年、現在外出の度に鞄に放り込まれているのが17冊目。日記と呼ぶにはあまりにいい加減な代物で、気が向いたときにだけ文字や図案を記している。
何気ない言葉やアイディア、ヒラメキはちょうど夕立のようなもので、通り過ぎてしまえばただの路面の湿り気にすぎない。そこで雷が鳴り突風と猛烈な雨が降ったなど、居合わせたもの以外に誰が知るだろう。

このところクロキー帳に記される文字はあまりにも無力だ。読み取れるのはせいぜい日付と曜日くらい。どう書いても言葉は足りず、書けば書くほど余計なものばかり増えてゆく。
以前は優秀な精神科医として文字という錠剤を処方してくれたものだが、今は出来事に圧倒され痩せ細ったただの暗号。言葉や文字ではとてもこの混乱した頭のなかを説明できない。
例えばかつて自分が決断し大切に守ってきたものを、今になってまるで意味が無かったことになどできるだろうか。ただの夕立だったと諦めらることが出来るのだろうか。

2010.03『飛ぶのが怖い』

数年前に古本屋で見つけたエリカ・ジョングの『飛ぶのが怖い』。手元にある一冊はちょうど自分の生まれた年に刷られたもの。1970年代にアメリカで大ベストセラーになった自伝的小説らしい。ちなみに新潮文庫の装丁には池田満寿夫の作品が使われ、近年に河出文庫から出たものは山本容子の作品が使われている。なぜかどちらも版画作家の装丁。実をいうと自分はまだこれを一頁も読んでいない。
どの時代の作品であれ、文学になるような女性の赤裸々な告白というものは、生半可な気持ちでは読めないものだ。『アナイス・ニンの日記』もしかり。恐いものから目をそらさないその徹底ぶりは、まるで我が身に部分麻酔をかけながらメスを振るっていよう。これは女性独特の強さなのか残酷さなのか、はたまた正直さなのか。読んでいるこちらまで傷口がヒリヒリと痛む。
とにかく、自分は毎度この本を手にしながら表と裏をひっくり返し、ブックカバーをかけては剥がし、また本棚に戻してしまうのである。まだ読む時期じゃないな、などと言い訳をしながら。もしかすると一生読まないかもしれない。そして読みたくないのは「飛びたくない」からなのかもしれないとも思う。高所から下を見下ろすと胸が高鳴るのは、怖い怖いと思いながら自分が落下するのを想像し、地面に吸い込まれたくなるからだ。
この「飛ぶのが怖い」という言葉は、全ての女性の持つジレンマそのもののように思う。初めから飛びたくなどないと思いながら生きているのに、いつの間にか飛ばなければいけない局面が何度も出てくる。それは本当に飛ぶ必要があるのか?怪我をするのではないか?飛んだ先に何があるのか?
残念なことに、飛んでみるまでは何もわからない。

2010.03ドライブ

深夜、人を迎えに三つ隣の駅まで車を走らせる。
こっそりと本当のことを言ってしまえば、車なんて嫌いである。独りでハンドルを握ってみればよくわかる。次第に「運転している」という実感が薄れ、やがて本当に自分が運転しているのか疑わしくなってくる。車のスピードというのはどこか空想のようで、自分という本体はまだ居間で牛乳をたっぷり注いだコーヒーを啜っているのではあるまいか、と思えてくる。もしも突然の自動車事故で即死したならば、果たして自分が死んだという自覚がもてるだろうか?くだらないがそんなことが気になって、できれば独りで車に乗りたくない。
では二人で車に乗ったらどうなるか?運転席と助手席の二人の会話が弾むなら、スピードが現実であろうがなかろうが気にならない。しかしハンドルを握ったドライバーの、運転に気をとられた無意識の本音発言には要注意。気がつくと助手席の人間は言葉の矢に射抜かれて、ドライバーの気づかぬうちに隣で静かに息をひきとっている。自動車事故はシャドウより車内で起こっていることが圧倒的に多いのだ。

夏至から四日過ぎた月はほとんど満月に近かった。
冬はいつも右前方にあらわれて、信号と電線にからまり苛立っていた。しかし今は悠々と右後方からついてくる。あれだったら一緒に車にのせてもいいかなと思う。むしろ乗ってくれないかなと、停まる度に位置を確認する。上品で奥ゆかしく時に怪しく妖艶。
何百年も昔に詩人が空に放った大きなピリオド。

2010.03なぜ「うさぎの小径」?

2、30年前まではこのあたりにも野うさぎが住んでいたらしい。
今では人の手が行き届き、草が胸まで伸びればどこからともなく草刈り機がエンジン音と共にやって来て、木の根元まで刈り取ってしまう。鬱蒼とした森の暗がりがなくなったせいか、やがて野うさぎも森の奥へ姿を消したようだ。
実はここへ越してくる以前から、自宅のリビングでうさぎを飼っている。硝子玉のような丸い目をした堂々たる臆病もの。瞳をあまり長く見つめていると、頭のなかをサラサラと風になびく草原で埋め尽くされてしまうので注意。
さて、このホームページのタイトルを「うさぎの小径(こみち)」としたのは、ただ自分がうさぎを溺愛しているからだけではない。「兎」には文学的素養があるからなのである。もちろん身近にうさぎが居るからこそ着想もわくのだが、そこには周到な無意識の意図がある。

昔うさぎは人間の生活圏内に出入りすることのできた、今よりもずっと身近な動物だったのである。そしてまた物語や宗教画に登場するうさぎたちは、どれも「誘惑者」や「案内人」の役割を担っている。うさぎは人の住む庭や畑、小道から現れては人を森へと誘うのである。そして森は人知の及ばぬ領域。聖域でもあれば邪悪にもなりうる。つまり人が生活するレベルとはまったく別の世界なのである。しかしこのうさぎが誘うのは、狼が赤頭巾を誘う危険な森ではなく、たぶん日常のほんのひとつ隣くらいなのだと思う。目が覚めればふっと現実に戻れそうな世界。
そのような非日常に人を誘うにはどうしたらよいのだろうか?と考える。自分の世界に人を誘うにはどうしたらよいか?そこで、うさぎをインターネットという野に放し、あなたをこちら側(銅版画の作品)の世界へ案内しようというのである。そのための「うさぎの小径」。「版画の森」へ誘う小道。

2010.03Unblock me

今月は久々に「パズル」にハマってしまった。
先月はまだ体中に緊張の糸が張り巡らされていたのだが、ふっと気持ちが緩んだところに、なぜか「パズル」がとんでもない勢いで入り込んでしまったのだ。まるで砂漠を彷徨う旅人が、オアシスを見つけ慌てて水面に顔を浸すような猛烈な渇き。何も考えず指先でブロックを動かすことのなんと心地良いことか。一問解くごとにうっとりしてしまう。初めの400問を一週間ほどで解き、ようやく気がおさまった。パズル暴飲暴食の怪。
この「unblock me」(私の障害を取り除いて)というパズルゲーム、ルールは簡単でタテの棒は縦にのみ動き、ヨコの棒は横にのみ動く。前後左右の棒を動かして、赤い横棒を右の切れ目から通せばクリアである。ルールの単純なゲームほどのめり込みやすい。

この突然のパズル熱もそうなのだが、たまに自分の意思とは関係のないところに、突然チャンネルが繋がってしまうことがある。もしくはこれからやろうとしていることが、まったくの圏外になってしまい、頭をどちらへ向けてもまったく反応が無くなること。まさに自分がデクノボウになったようで、ただオロオロと歩きまわる。
しかし、ただ厄介なチャンネルにだけ繋がるのではない。たまには物事が好転することもある。目に見えない障壁が取り払われ、その間は自由に動くことができる。例えば人との出会いや再会。環境の変化。読書や会話による言葉の閃きや理解。閉まっていた窓が音もなく開き、心地良い春風が部屋に吹き抜ける。
しかし一体どのブロックを、どの順番で動かしたらそうなったのか、自分ではよくわからない。

2010.03ミモザ

去年の末から準備をしていた個展が無事終了し、ようやくホッとした気持ちになるかと思ったが、案外そうでもなかった。体を動かした後に筋肉痛になるのに似て、糸がピンと張ったような緊張感は残ったまま。さて、これからまた次の糸を張りますか?という具合に、クロッキー帳に描きためたアイディアを覗き込んでいる。
銅版画の技術というのは、もう何世紀も前にほぼ完成されている。しかしまだ銅版画と出合って間もない自分にとっては新鮮そのもので、無理に奇抜なことを試さなければならないような、気負いがないのもいい。自分が表現したいものへ素直に取り組める。更に言えば、銅版を制作する工程での途方も無い面倒くささと、自分自身の性格の面倒くさい部分とが、うまく融合しているようにも思えるのである。

そして今回の個展では試みに、作品に短い文を添えてみた。文章はまだまだ未熟だが、自分が望んだとおり作品にふくらみが出たように思う。恐らく見る人によっては文章を鬱陶しく感じるかもしれないが、それはそれで仕方のないことと諦める。自分のなかには紛れもなく文字や物語の気配のようなものがあり、現在銅版画に辿りついたのもそのせいなのである。

写真は悪天候のなか個展に駆けつけてくれた友人が、自宅の庭からわざわざ折って持って来てくれた一枝。ミモザは春を告げる花である。見ているだけでおなかの底をくすぐられるような、あたたかい陽射しの予感がする。

2010.02家族と孤独に関するささやかな考察

深夜。飛んでくる大きな蛾を避けようとして、布団から見事に転がり出てしまった。夢だと分かっていたのに…。その数時間後、今度は棚をカタカタいわせるほどの地震がしばらく続いた。しかしこのときは寝床からピクリとも動かなかった。目覚めてから冷静に思いかえすと、なんとも滑稽な話である。
もちろん自分が本物の地震の怖さを経験したことがないからなのだが、それでもこの夢や妄想のイメージが日常生活と密接につながっており、人を容易に動かしてしまうということなのだと思う。たぶん誰もが無意識のうちに、ほとんど現実と同じくらい、この夢や妄想と一緒に暮らしている。表現をもっと身近なものに変えれば、「思い込み」や「先入観」というイメージが、実際に目にしないところを隙間無く埋めつくしている。ソレが「現実」でコレが「妄想」だと、一体どうやって見分けられるだろう?
この無意識のうちに操っているイメージのために元気づけられることもあれば、心を蝕んで生きる気力を無くしてしまうのも事実。

3月の個展では『家族と孤独に関するささやかな考察』などと、少々大げさなサブタイトルをつけてしまった。「家族」にも「孤独」にも、人それぞれ胸のうちにドキリとした何かを抱えているに違いない。どちらもまさに現実と妄想の織り成す集大成なのではないだろうか?
また、ときに「孤独」を救ってくれるのは「家族」なのだが、心を麻痺させるほどのとんでもない「孤独」を押し付けるのも、実は「家族」であったりする。「家族」と「孤独」は相反するもののようだが、実はお互いに深く作用し合っているのではないだろうか。ただ勘違いしてはいけないのだが、「孤独」は決して悪ではない。「孤独」がなければ自分の内面を冷静に見つめることもできないし、文学や芸術の世界で名作も生まれないということ。
ぶつぶつ言葉を並べても仕方がないが、とりあえず今描こうとしているのは自分にとって心地よい景色なのだと思う。「家族」も「孤独」もスルリとかわす、紙に描いた免罪符のようなものかもしれない。

2010.01野原ノ松ノ林ノ蔭ノ

宮沢賢治の『雨ニモマケズ』とういう詩がある。自分には思い出深い詩で、人生で一番最初に暗唱したせいか今でも全文覚えている。原文は旧仮名遣いのため、小学校低学年だった自分はカタカナにも漢字にも小さく読み仮名をふり、それをほとんど呪文のように覚えた。それを母の枕元で得意になって暗唱してみせるのが日課だった。
当時はこの詩の意味を「健康であること」「人助けをすること」という程度に理解していたと思う。ところが少し大人になって気づくのだが、ここに語られる理想の人物とは「聖人」もしくは「悟り」がひらけてしまったレベル。完全に無欲でボランティア精神の塊のようなのだ。やがて学校の授業で宮沢賢治を知るころには、この詩に興ざめしている自分がいる。そんな人になれるわけがない。そんな人がいるわけがない。
いかにも夭折する詩人が書きそうな無垢の詩。そして死を肌で感じはじめる人間にとっては、祈りのような清らかな詩なのかもしれない。

この詩のなかに「デクノボウ」という言葉が出てくる。最近めったに聞くことのなくなった言葉だが、「役立たず」のような人を蔑む種類の言葉だと思う。妙なことに最近この「デクノボウ」がなんとなく気になるのである。
「デクノボウ(役立たず)」という言葉を使う側には、「デクノボウ」に対する諦めに似た奇妙な容認があるような気がするのだ。普段はほとんど役に立たないが、人知の及ばない場面においてのみ、助けになる何か。トランプで例えるならクラブの3のような存在。昔の人はこの「デクノボウ」の用法を感覚的に知っていて、完全に閉め出さなかったのではないだろうか。
そしてこのデクノボウ的余白は、実は誰もが持ち合わせているもののような気がする。さらに、もしかすると「デクノボウ」と「アート」は、遠い親戚だったかもしれないな。と、野原の梅の林の蔭から密かに思った。

2009.12空をうつす

1日は24時間、1年は365日。
時は誰にでも平等に流れている。でも本当にそうなのか?
生まれたばかりの命の1年と、去り行く命を見つめる1年の長さはまるで違う。人はそれぞれ立つ人生のステージにより、1日も1年も長くなったり短くなったりする。この1日24時間、1年365日というのは、人の物差しというよりは春夏秋冬、地球の物差しに人が合わせて基準にしているだけのこと。もし自分の人生の残りの目盛りが読めたらどうなるだろうかと思う。そうすれば生き方は今よりもっとシンプルになるのだろうか?

人は厄介な出来事に遭遇すると、それを乗り越えて先に進むのに時間がかかる。果たして出来事が人を変えるのか、人が出来事を変えるのか?
今年は電車をいくつも乗り継いで遠くまで行き、最後にまたはじめの駅に戻って来たような1年だった。表面的なものは何も変わらないが、夢中で移動しているうちに中身がすっかり入れ変わってしまった。たぶんどこかで自分が一度蒸発して、器が空っぽになったのだと思う。大きな海に小さな舟で漕ぎ出でて、器を空の色で満たしたい。

2009.11鍵のかかった部屋

アメリカの作家P・オースターの書いた『鍵のかかった部屋』(The LOCKED ROOM)という小説がある。自分は20代の頃に手にとったが、今でもオースターの作品の中ではこれが一番好きだ。過去の思い出に執着する記憶フェチの自分としては、タイトルだけでご飯が軽く三杯いける(笑)。これを読むと今でも小説家になりたいと思ってしまうくらいだ。
さて、人が強烈に記憶に執着し始めるきっかけとは何だろうか?恐らく身近な人物を失ったときではないかと思う。自分の場合は小学3年生のクリスマスイブ、病床の母が亡くなる。あっという間に自分が世界から弾き飛ばされたことに気づく。とにかくすべてが嘘っぽい、12月のその時期ならなおさら。まるで自分の人生が作り話のようで、演出過剰な舞台が間違ったシナリオのまま進んでいくようだ。やがて傷みが去ると次に忘却の嵐が襲ってくる。自分の意思とは関係なく次々と忘却してしまう、子どもという過程。心と体が逆方向に全速力で走っているような矛盾した時間。そのせいか他の人より少し早く、鍵のついた秘密の部屋を持つようになる。頭の中に。

オースターの物語と自分の物語はまったくの別ものだが、あるひとりの人間の人生を、ひとつの枠の中に押し込めることなど不可能だという部分は共通している。もし人生というものを輪切りにしたならば、その断面はどれも一貫性がなく、すべて別の顔をしているということ。少なくともその人物が死ぬまでは、それがどんな人間であったか知ることはできない。
自分の気持ちを誰も理解できないと感じることは当然のことで、たとえ同じ状況で同じ出来事が起きたとしても、物事の受け取り方は人によって異なる。感情の揺らめきは床に落ちるレースのカーテンの影のように曖昧で、輪郭は光と影の間で溶けてしまっている。まったく意味のないことのようだが、なぜか目が離せないこと。感情に振り回されてどうしようもない時は、諦めてカーテンが風に揺れる様子をじっと見ている。そして気が済んだら、最後には必ず鍵のかかった部屋から出てくること。

2009.10錨(いかり)をおろす

これは自分が大学に入った年に描いた父のクロッキー。
「寝そべってテレビを見る」の図である。このときは半年ぶりに実家に帰り、描きながら父も老けたなと初めて思ったものである。今はこれよりも更に水分を失い、なぜか丘に立つ1本の古木を思わせる。そんな父が、数年前にこんなことを言った。
「お父さんはここに錨をおろしたから」と。父という船はもうこの港を動きません。残りの人生は母の思い出の残るこの港で過ごします。
自分は父子家庭で育ったから、母親も兼任してきた父がただ老いてゆくだけで気にかかる。出来ることならば、これ以上酸化しないよう薄い紙に包んで、マップケースの中にそっとしまっておきたい。

現実にはもうそこで一緒に住むことは出来ないので、月に何度か足を運び、船が錆びないように見回りをする。そのように月に3、4回、片道2時間かけて通ってもうすぐ1年。まったく苦ではない。むしろ錨をおろした船があることにホッとする。

ところで自分はいったいどんな港に行き着くのか?まるで見当がつかない。途中で転覆しなければいいけれど。

2009.09種まき

飼っているウサギのために、牧草を種から育てようと思う。
使っていない植木鉢を18鉢、たわしで水洗いし玄関先にひっくり返してある。
自分がまだ子どもの頃、父は畑を借りて家庭菜園をやっていた。よく一緒について行って土いじりをした思い出もあり、家庭菜園に興味がないわけではない。でも自分がやれば、収穫した野菜も全てウサギの口に入ることになるだろう。ならば最初から栽培の簡単な牧草だけで結構。牧草の種は3種類。6鉢ずつ3種類の牧草を、一週間ごとに時期をずらして蒔こうと思う。そうすれば冬までの間、少しでも長くウサギが喜んで牧草を食べる姿を見ていることが出来る。それこそ本望というもの。

人と植物は違うが、同じ種だと思っていても環境が変わることで、物事の感じ方に微妙にズレが生じるらしい。仕方のないことだが、親しい相手であればあるだけ譲れない気持ちもある。
今まで自分の生まれ育ったところがずっと本当の「家」だと思っていた。しかし、もしかしたら自分が一番居たいと思うところが、いつか本当の自分の「家」になるのかもしれない。

次に晴れたら牧草の種を蒔き始めることにする。
このところ憂鬱の種が多すぎて、育った牧草が余計なことを歌い出さないか心配だ。さらにそれを食べたウサギまで、憂鬱を歌い出したら目も当てられない。王様の耳は…。(笑)

2009.08

つい数日前に図書館でルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』を借りてきた。『不思議の国のアリス』は子どもの頃に読んだ気がするのだが、『鏡の国のアリス』は読んだ覚えがない。つまりストーリーをまったく知らない。先日行った展覧会で『鏡の国のアリス』をモチーフにしたものがあったので、どんな話か気になっていたのだ。まだ数十ページしか読んでいないのだが、前作でアリスをもうひとつの世界に導いたのが白兎ならば、今回鏡の世界に誘うのは黒猫のようだ。そういえば『オズの魔法使い』で主人公ドロシーが竜巻に連れ去られるのも、子犬が原因ではなかったかな。どうやら文学の世界では可愛い少女を異世界に連れてゆくのに、小動物の役割が欠かせないらしい。

鏡というのはただその前に立つものを映すだけではなく、あちらとこちらの世界を切り換えるスイッチのようなものではないだろうか。現実と空想、善と悪のように。時に鏡は外見以上に人の内面を透かして映すことがある。同じ自分なのに見るタイミングによって何故か別人のように思えることがないだろうか?他人が気づかなくても自分ではわかる、あの奇妙な違和感は何なのだろう。その場の気分が表情に出るだけかもしれないが、人間の二面性を考えてしまう。鏡の中の自分と向き合って立ち止まるのか、それとももうひとつ別の世界と取り替えてしまうのか…。小説の世界とは違い、現実に一度世界を取り違えてしまうと戻ってくるのは難しい。

2009.0780s

レコードがまだ全盛期だった80年代、本棚には父のクラシックのレコードが分厚く差し込まれていた。その後レコードに代わってCDが現れ、今ではPCや携帯電話からワンクリックで一曲から音楽を買うことが出来る。ほんの20数年という短い期間でこの変化はすごいと思う。
先月マイケル・ジャクソンが急死して、懐かしさから思わず彼のCDを購入してしまった。当時「THRILLER」はカセットテープで聴き、「BAD」は我が家に来た初めての洋楽のレコードだった。
今はそのCDをデータにおとしてPCで聴いているのだけれど、曲目の半分くらい聴いたところで「B面になったな」という無意識の感覚が自分の中に残っているのに驚いた。カセットテープが「ガチャリ」と裏に切り替わり、レコード盤をクルリとひっくり返している「感じ」が聞こえるようなのである。

当時我が家ではレコードは傷一つ付けないよう、大切に扱われていた。静電気防止のスプレーを吹き、初めと終わりには丁寧にホコリを拭っていた。まるで宝ものでも扱うように。30cm四方のレコードジャケットは、まだ見たこともない外国の美しい写真やイラストで飾られ、子どもだった自分には贅沢なアートだったと思う。霧がかったノイシュヴァンシュタイン城、広大なドナウ川にフィヨルド、ペールギュントの謎めいた情景イラスト、暗闇に浮かび上がる凛々しい白髪のカラヤン。ギターケースを振り回すマリア(ジュリー・アンドリュース)とトラップ家族も楽しげで好きだった。
時代の流れと言われれば仕方がないが、モノが溢れんばかりに豊かになったぶん、なにか手触りのようなものをどんどん失っているような気がする。消費するスピードが速すぎて、実感としての豊かさの手触りが感じにくくなっているのかもしれない。

2009.06おつかい

最近知ったことだけれど、自宅から車で数分のところに卵屋がある。でも一見したところ、木に囲まれた普通の民家のよう。
通りから少し敷地に入ったところに車を止め、持参した籐の籠を持って車を降りる。右手には生みたての卵を並べた、古い無人の自販機が置いてあり、どことなく田舎のひと気の無い通りに置かれた、如何わしい自販機のような趣がある。その横を通りぬけ、他人の家の庭先を横切るような心地悪さで奥に進む。すると左手に小さな小屋があり、もっと奥にはにぎやかな鶏舎の気配が感じらる。でも首を伸ばしてみても鶏はまるで見えない。ただザワザワとした気配だけが感じられる。小屋の向かいの木陰には名前のわからない大きな犬がいて、太い腕に顎をのせたまま目だけをこちらにグルリと向けた。

鏡鶏舎のすぐそばで、産み落ちたばかりの卵を買うのは初めての経験。遠慮がちに小屋のなかで仕分けしているおばさんに声をかけ、誰の使いで買いに来たかを告げた。するとおばさんは籐の籠にいっぱいの卵と、ずっしりとしたビニール袋をくれた。袋に入っていたのは、小さすぎたり、傷がついたり、表面が少しザラついているだけで商品から外されてしまった卵たち。商品として難はあっても、中身は変わらず新鮮で美味しい卵なのに。
受け取ると両手で左右の卵の重みを確かめながら、ゆっくりと車に向かって歩いてゆく。まずは籐の籠を助手席に置き、もう一方の袋の中を恐る恐るのぞいてみる。規格から外れてしまい、ボンヤリ転がっている自分のような卵を。

2009.05記憶の装置

気分を変えて久しぶりに部屋の模様替えをしようと片付けを始めたところ、引っ越し以来一度も開けていなかったダンボール箱から懐かしいものが出てきた。見つけたときは砂浜に転がるガラスの欠片ように白い靄に覆われていたけれど、中身はちゃんとわかっていた。大学の授業で作った透明樹脂の作品。さっそく研磨剤をウエスにつけて磨き上げると、やや黄色がかった恭しい姿で現れた。樹脂に埋まっているはロンドンのWestminster Abbeyの入場チケットだと思う。なんと、もう12年も前のこと。
これは私にとっての「記憶の装置」。琥珀に閉じ込められた古代の蚊と同じ。

考えてみればこの教会も「記憶の装置」のひとつではないだろうか。英国の歴史上の人物たちのお墓でひしめいている。しかし彼らもお墓に入ってしまえば、長い物差しのひと目盛りにすぎない。死後にいくつかのエピソードが残り、後生の人々が「こんなことをした人だった」と伝え知る。
でも本当にそうだったのだろうか?
過去は万華鏡のごとく移ろい、どれが真実の姿なのか誰もわからない。私の装置も屈折した柔らかな光のせいで、12年前よりも確実に美しい。とても意味のある物のようでいて、実はただの小さな墓石かもしれない。さらに私はロンドンに行っておらず、拾った紙切れをただ樹脂に埋め込んだだけかもしれない。

2009.04綿毛

今月は初夏のような陽気になったかと思えば、冬の終わりごろの気温に逆戻りしたりと忙しい空模様だった。半袖で庭の草むしりをしたかと思えば、翌日はカーディガンを羽織ってキッチンの窓を細く閉めている。できることならば雲ひとつない青空で、風は素肌に陶器を抱くような冷たさがいい。
春の野菜を食べる兎の毛は若葉の香りと、仄かに温められた甘い土の匂いがする。柔らかくて暖かい兎の背に鼻を押しつけたまま、心静かに眠ることが出来たなら…。
春はタンポポの綿毛を散らすように容赦なく夢から醒める。

絵を描くことと文章を書くことは、方法が違うというだけでよく似ている。文章や小説はあたかも部屋に散らばったガラクタを、仕切りのついた小さな箱に熱心に整理するようだ。絵はその逆で、どこにも分類できなかったガラクタを、小さな箱から取り出して外に広げるのに似ている。どちらも作業している本人が一番楽しい。
ただ、身のまわりの出来事に近づきすぎ、現実に巻き込まれてしまうと作業が手につかなくなる。それどころか制作する気さえなくなってしまう。だからそんなときは仕方がないので、心が荒れるままに思う存分暴れさせておく。そして風にのった綿毛が静かに舞い落ちるように、心が一箇所に落ち着くのをそっと待つ。

2009.03スプリングスター

早春に咲くこの可憐な花、和名は「花韮(ハナニラ)」というそうだ。道端や木陰の草むらに「オオイヌノフグリ」などと、直径2cmほどの小さな薄紫色の花を咲かせている。聞くところによると、葉の匂いが食べる「ニラ」に似ていることから「花韮」というらしいのだが、英名の「スプリングスターフラワー」の方が響きが爽やかだ。「春の星」にふさわしく、明るい春の訪れを知らせてくれる小さな星。
初めてこの花を見て「花韮」という名を聞いたときの違和感に、つい立ち戻ってしまう。「花韮」という呼び名は「嗅覚」の印象からきているし、「スプリングスターフラワー」は「視覚」の印象から名づけられている。「スプリングスターフラワー」は洗練された都会的なイメージだが、「花韮」はどこか田舎の畦道が目に浮かぶようで、しかも「ニラ」の印象が強すぎてまるで野菜のようだ。実物を見なければ如何に清楚で愛らしい花かわからないのではないだろうか。

別に「花韮」という名前にケチをつけているわけではなく、この二つの名前の「イメージのギャップ」が面白いと思った。葉がニラ臭いのも、見た目が星のようなのも、どちらもこの花の特徴を的確に表している。ただ注目する部分によってそのモノの印象(イメージ)が全然違ってしまうということ。勿論これは花だけに当てはまることではなく、人物の印象や作品の印象も、注目する角度によっては全く違う印象を受けることになる。
ギャラリーを巡っていて楽しいのは、作品(イメージ)と同時にその作り手にも会えて、共感できそうなところがあれば初対面でも話しかけることも出来るというところ。作品と本人がまるで同じ色彩でいることもあれば、普段気がつかないような側面を覗かせてくれたりもする。ただ、この「印象(イメージ)」というのは本人の意思に関わらず、いつの間にか自然に出来上がってしまう。そこが面白くもあり、場合によっては怖いところでもあると思う。

2009.02『UNDERCURRENT』

待ち合わせの時間調整にぶらりと立ち寄ったCDショップで目にとまった写真(CDジャケット)。女性が顔だけを水面に出して漂っている。水面に映りこんだ女性のドレスがゆらゆらしている感じといい、ふわりと身を浮かせつつ優雅にからだを横たえた姿といいなんとも静かである。それでいて足の先はしっかりと水を蹴っているようで、生命力すら感じてしまう。自分が銅版画を制作しているからといって、モノクロの作品を贔屓目に見たりはしないが、この美しさはカラーではありえない気がする。
アルバムタイトルの「undercurrent」とは「底流」とか「暗示」といった意味らしい。「暗示」という言葉に引っかかると見方によってはこの女性、ハムレットに出てくる悲劇のヒロイン、オフィリアかとも見える。でもたぶんそれは直接関係はなく、そんな風にも受け取れるとイメージの奥深さを示唆しているだけなのだと思う。

世の中の出来事はどれも物事のほんの表面であって、本質はずっと底の方に流れている。出来事は目に映るただの動きや変化であって、そのもの自体ではない。
ひとりの人間でいえば言動や態度ではなく、言葉にならないような感情や記憶、過去。これらは見ることも触ることも出来ないが、心の奥底に常に流れていているものであり、満たされ漂っているもの。それらを敏感に汲み取るのがアートであり、音楽、文学であるわけである。しかし残念なことにその性質上、いつの時代もこの分野のことは物質(お金)になりにくいのだなと、つい思ってしまう今日この頃である。(笑)

2009.01『明暗は表裏の如く…』

夜中に犬の遠吠えを聞いたような気がして目が覚めた。
耳を澄ませてよく聞けば、吠えているのは自分の心じゃないか?
しかし無駄吠えする悲しい犬みたいに、なぜ吠えているのか理由がわからない。でもきっと不安なんだろう、犬と同じで。

制作活動に限らず、人生において何か一つのことを続けたり、貫くということはなかなか骨が折れる。仕事、家族、主義、主張、愛情においてまでも。ただ私の場合、制作活動に関しては他に比べて寛容でありたいと思う。先が長いのだから焦らずマイペースでいい。ただ折れないように。
アートは絶妙なバランスで「生活」に寄り添っている。作り出したものがたとえ個人的なものであったとしても、そこには必ず他者との関わりがあるように思える。だから自分が良い作品を作るためには、人を大切にしないといけないのではないかと思い、努力する。

制作をずっと続けられることは素晴らしいことだが、実は制作しない期間もかなり重要なのではないかと経験から思う。制作から距離をおくと、本当に自分が渇望していたことが何かわかってくる。ほとんど憧れに近いくらいに。そうすると次に制作できる環境が整ったときに自分がブレなくなる。私の場合は一度社会に出て冷静に外側からアートをみることができてよかった。世間は全然甘くない。

心が勝手に遠吠えしてしまったのは、いつまたこの恵まれた制作環境が途切れるだろうかという杞憂なのだろう。
夏目漱石の『草枕』はどこに置いたっけ。
しっとりと冷えた絨毯に膝を落とし、本棚の暗闇に夜の匂いを嗅ぐ。

2008.12プレス機の神様

11月末に千葉から東京へ大急ぎで引越しをしたことで、今まで通っていた千葉の銅版画の工房が片道2時間の距離になってしまった。引越しの翌々週、御茶ノ水で中央線を降りて総武線各駅停車の電車を待ちながら、寒さにガタガタ震えながら思った『本当に遠い!』。
残念なことに銅版画はどうしたって「プレス機」と「腐食室」がなければ作業ができない。しかもすぐにその両方を家の中に用意することなんて不可能なわけで…。もしも銅版画を制作する環境が整わなければ、木版にチャレンジしてみるか、キャンバスを張ってまた油画でもいいかな?と思いかけていたところへ、プレス機の神様が舞い降りた!

もちろんそんなヘンテコな神様はいないけれど、なんと近くに銅版画の工房が見つかった。来月に見学させてもらい、それから使用させてもらえるか決まるのだけれど、まさかこんなところ(田舎)に設備の整った工房があるとは。そこでふと、あるキャリアの長い版画作家さんとの雑談を思い出した。願っていれば『プレス機は後からついてくる』とのこと。使わなくなり、持て余していたプレス機を偶然譲ってもらったなど、絶妙のタイミングでプレス機とめぐり合う版画作家さんは少なくないらしい。自分も人から伝え聞いて探し当てた工房だっただけに、運が良かったなあと思ってしまう。自分に関係のあるものを『気にかけたり』『願う』ということは、何かを引き寄せるものかもしれない。

2008.11アクアパッツァ(acqua pazza)

時代遅れのようだけれど、たまには分厚い辞書を開いてみるのもいい。数年ぶりに引っ張り出してきたイタリア語の辞書からは、サラサラと大量のイチョウや紅葉の押し花がこぼれ落ちてきて、残念ながらこの辞書は過去に語学の為に使われていなかったことを思い出させてくれる。
さてさて、「アクアパッツァ」というイタリアの料理があります。acquaは「水」、pazza(pazzo)は「狂気の」とか「逆上した」とか「変な」という意味があるようです。この料理を教えてくれた方は熱したフライパンの中の魚に水を足すときに、水がとても激しくはねることから「びっくりする水」からきているのではないか?と話してくれました。本当かどうかわからないけれど、料理してみるとそれが正しいように思えてくるのが面白い。

魚をフライパンの上でオリーブオイルとニンニクでこんがり焼き色をつけて、そこに水を足しさらにアンチョビやら貝やらオリーブ、ケッパー、トマト、ハーブなどを放り込む。あとは蓋をして煮るだけで、信じられないような美味しい料理に変身してしまう。シンプルな料理とはまさにこんなことをいうのだろう。あとはパンとワインがあれば完璧だ。人の人生もこんな風に足し算でどんどん旨みのでる一生が送れればどんなに幸せだろうか?そんなことをふと思ってしまう。でも実際の生活は「変なこと」や「びっくり」させられることの連続で複雑にからまりあっている。しかもそれは年を重ねるごとにさらに複雑怪奇になるという噂で…。ならばせめて少しでも身軽にシンプルに生きられるように、自分自身と大切な人々には大きな嘘はつかないように、誠実でありたいと願う。

2008.10くちばし

心配性の小鳥が一羽、頭のどこかに住みついている。
この小鳥、心配性なだけでもホトホト迷惑しているのに、優柔不断でさらに懐古主義でもあるらしい。
何年も悩みぬいた末にようやく出した結論でも、ついさっき突然決心したことであっても、小鳥は同じようにグーグー喉を鳴らしてはっきりしない。もしくは何も聞こえなかったかのように気持ち良さそうにさえずっていたりする。そして過去の決断についてさえ、その選択でよかったのかしら?なんて絶妙なタイミングで首を傾げて目を瞑ってみせたりする。この小鳥がどこか遠くへ飛んでいってくれれば私の人生もさぞ「軽く」なるだろうに。

ホオズキの中にかくまわれている小さな丸い実が食べられると聞いて驚いた。干からびた梅干のお菓子のように萎んだ姿で、噛むと甘味があるとか。8月からキッチンに置きっぱなしのホオズキは、今でもムクドリの嘴のような紅い色をしている。それではということで、さっそく我が家のホオズキを解体してみることにした。外皮の太い葉脈にそって鋏を入れていると、左手がヌルついて憂鬱な気分になってくる。よく考えてみれば豆電球のように丸々と太っていた実が、ほんの二ヶ月で乾物ほど劇的に縮んでいる筈がないではないか。やがて解体され、とり出された実は表面にだけ細かくシワを寄せ、まるで出来損ないの小鳥の脳のようだ。軽くなった嘴は風に吹かれてカサカサと笑った。

2008.09予感をあたためる

頭上に重苦しい雲がたれこめて、いつも何かに押さえつけられているような気分が続くことがある。まるで文章の途中で突然句読点の「。」をおかれてしまったような居心地の悪さ。
エスキース帳を開いて思いつくものをいくら描いても、どれもコレだという気がしない。実際にはそんな「予感」がしないだけだということをわかっているが、かといって強引に取り掛かろうとすると熱がすっとキッチンの方に逃げていってしまうのだ。

私の場合「予感」は本棚に挟まっていることがある。最近はエスキース帳に挟まっていることの方が多いが、うっかりしていると3年前のスケッチブックの間から微かに「チン!」と聞こえてきたりする。すると急に冷たい風が吹いてきたり、何かが落ちてきたり、在ったことが無かったことになったり、存在しなかったものが生まれたり…。だから慌てないでただ頭上の雲が動くのを待っていることにする。